ナオルヨブログ2019

心穏やかに、心地よく、愛と自由と平和に暮らしましょう〜新しい5次元地球で永久に共に!!

致知の言葉「小さな人生論」から自己治癒を探る~その1

 昨日2月13日、御蔵入交流館で吹奏楽フェスティバルが開催され、久しぶりの心の洗濯に出掛けた。3人の息子達も「ダイナミック南会津」のパフォーマンス演目に出演することもあり、下郷中学校、田島中学校の愛らしい吹奏楽演奏、桐朋学園音大生の息のあった金管アンサンブル、昨年は十数年ぶりに再開したトロンボーンでクリスマスコンサートに参加させていただいた渡部正一団長率いる「田島吹奏楽団」の素晴らしい演奏、そして、全員の合同演奏と、あっという間の2時間半だった。生演奏のハーモニーは身体の波動を高めるのにとても心地よいとあらためて感じました。ありがとうございました。

 さて本題、開演まで時間があったので隣接する図書館で本を眺めていて、数冊の本を借りてきました。
表題の「致知」は、私も紹介されて定期購読していた本で、入り口近くの棚にその単行本「小さな人生論」の最新刊が並んでいたのでつい手にとったのも、何かの縁だと感じました。
 *参考~致知出版社 http://www.chichi.co.jp/

 今朝、本を読み出して数ページで「ナオルヨメッセージ」の枠で紹介しなきゃ!と思い、早速、更新の送れているブログを立ち上げて、記事を投稿しはじめました。(相変わらずPCをいじると、数分で手先が凍ります。電磁波過敏だと寒い冬はとっても不便です@_-)

 心に響いて、地球環境の改善や環境病の治癒につながるような「人材育成のための一文」を定期的に紹介していきたいと思います。今回は2つほど。


 「心のスイッチ」 教育者 東井義雄さんの詩

人間の目は ふしぎな 目
見ようという心がなかったら 
見ていても 見えない

人間の耳は ふしぎな 耳
聞こうという心がなかったら
聞いていても 聞こえない

頭も そうだ
はじめから よい頭 わるい頭の区別があるのではないようだ
「よしやるぞ!」と
心のスイッチがはいると
頭も すばらしい はたらきを しはじめる

心のスイッチが 人間を
つまらなくもし すばらしくもしていく
電灯のスイッチが
家の中を明るくもし 暗くもするように



 「健体康心」 

 ドイツの哲学者カントは、馬の蹄鉄屋の子に生まれた。
生まれつきの「くる病」であった。背中に瘤があり、乳と乳の間はわずか2インチ半、脈拍は絶えず百二十~百三十、喘息で、いつも苦しげに喘いでいた。

 ある時、町に巡回医師がやってきた。少しでも苦しみを和らげられたら、と父はカントを連れて診せに行った。診てもらってもどうにもならないことは、カント自身も分かっていた。
 そんなカントの顔を見ながら、医師は言った。その言葉がカントを大哲学者にするきっかけとなったのである。

「気の毒だな、あなたは。しかし、気の毒だと思うのは、体を見ただけのことだよ。
考えてごらん。体はなるほど気の毒だ。それは見れば分かる。
だがあなたは、心はどうでもないだろう。
心までもせむしで息が苦しいなら別だが、あなたの心はどうでもないだろう。

 苦しい辛いと言ったところで、この苦しい辛いが治るものじゃない。
あなたが苦しい辛いと言えば、おっかさんだっておとっつぁんだって、やはり苦しい、辛いわね。
言っても言わなくても、何にもならない。
言えば言うほど、みんなが余計苦しくなるだろ。

 苦しい辛いと言うその口で、心の丈夫なことを喜びと感謝に考えればいい。
体はともかく、丈夫な心のお陰で、あなたは死なずに生きているじゃないか。
死なずに生きているのは丈夫な心のお陰なんだから、それを喜びと感謝に変えていったらどうだね。
そうしてごらん。私の言ったことが分かったろ。
それが分からなければ、あなたは不幸だ。

 これだけがあなたを診察した私の、あなたに与える診断の言葉だ。分かったかい。
薬は要りません。お帰り。」

 カントは医師に言われた言葉を考えた。
「心は患っていない、それを喜びと感謝に変えろ、とあの医師は言ったが、俺はいままで、喜んだことも感謝したことも一遍もない。
 それを言えというんだから、言ってみよう。そして、心と体とどっちが本当の自分なのかを考えてみよう。
 それが分かっただけでも、世の中のために少しはいいことになりはしないか」
 大哲学者の誕生秘話である。(宇野千代著「天風先生座談」より)

 健康とは、健体(すこやかな体)と康心(やすらかな心)のことである。
体を健やかに保つこと。それは天地から体を与えられた人間の務めである。
 そしてそれ以上に大事なのが、心を康らかに保つことだ。
体が丈夫でも心が康らかでなかったら、健康とはいえない。いや、たとえ体が病弱でも心が康らかなら、生命が健やかである。
 これは人間個々から小さな組織、国家まで、あらゆる生命体にいえることであろう。カントの逸話は私たちにそのことを教えている。



***************私感です^o^
 心と身体が病んだとき、誰かのせいにして「外」にネガティブな意識を向ける性格の人と、自分の行動や言動、性格を振り返って「内」にポジティブな意識を向ける性格の人とに大きく分けられると思います。
 お解りの通り、すぐに体調を改善させることができて、それまで以上に健康、かつ、人生に使命感と充実感を溢れさせてダイナミックに生き始める性格の人は、「後者」のタイプでしょう。

 化学物質過敏症電磁波過敏症、奇病難病と呼ばれる様々な環境疾患。アトピー、アレルギーは、その子どもの虚弱体質として片付けられ、一生、薬漬けの不自由な生活を強いるような現代。

「病気」は心と身体の悲鳴、特に自分に嘘をついてはいけないという心の声だと思います。
見ようとしなければ見えない、聞こうとしなければ聞こえない。まさに、その体調不良が「何からのメッセージ」なのか、正面から受け止めようとするか?しないか?が運命の別れ道。
同じように、日常生活がままならないほど心と身体が壊れたこと、気づいたことに、喜び、感謝できるか?できないか?が運命の別れ道、だと私は心から感じます。(いけや