ナオルヨブログ2019

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2010.12.5南会津キッズシアター「息吹」~南山義民喜四郎に皆、なにを感じたか...

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12月5日(日)快晴で暖かな初冬、子ども達が待ちに待ったステージ「南会津キッズシアター 息吹~南山義民喜四郎伝」が御蔵入交流館で開催されました。
私以外の家族全員が御世話になっていることもあって、キャンプ村の仕事の合間をぬって昼夜2回公演どうにか観ることができました。どちらも終演ダッシュでキャンプ村に戻らなければならない時間だったため、ロビーでの歓談や労いの言葉をかけられずに残念ではありますが、子ども達のイキイキとした演技、豪華に生バンド演奏での音響効果、心のこもった最高レベルの舞台演出に心洗われた一日になりました。

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南山義民喜四郎伝は、江戸時代、徳川幕府直轄の地(天領)であった南会津周辺の農民達が、厳しい年貢の取り立てに追い詰められ、御法度の直訴を名主や百姓代表が命を懸けて実行し、悲しくも6名が処刑された南山御蔵入騒動をモチーフとした組踊風に描かれていました。とにかく、難しくかつ重たいテーマを平田さんがずば抜けたセンスで素敵な舞台に仕上げてくれました。
中身については、後日、DVDなどイメージ配給されるでしょうから、そちらを楽しみにしてください。

今後の課題は、公金無しでも持続可能な人々に愛されるNPOサークルへの移行なのでしょうか。
しかしながら、目先の利益ではなく、地域の将来を担う人材への先行投資という側面が、児童教育に必要な視点ですから、計画性を持ち、かつ、組織的、民主的な意志決定をもって事業に取り組めば、必ず支援対象になっていくはずです。

なにはともあれ、支援いただく方の深い理解が得られるように、次年度以降、せめて3年程度の計画書策定、特に収支計画、月謝が必要なのか?とか、遠征やイベント参加費がどれくらいかかるのか?など、庶民が子ども達の文化教育にかけられる年間費用内であるかをを明確に提示した上で、参加者を募り、持続可能な組織づくりにつながる執行部の醸成を心から期待しています。


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子ども達に本物を見聞させ、汗と恥をかいて必死な思いして、本気で一つの事を完成させる達成感を経験させる機会は、本当に貴重だと感じます。
スポーツや成績偏重気味の児童教育では、勝ち負け、優劣ばかりが目につきがちですが、音楽や舞台など芸術系では、個性を活かして、かつ、みんなの力を合わせることが最重要となり、全員が重要な役目を持つレギュラーになれ、小さな達成感の積み重ねを通した教育(演出制作)が可能です。

思い起こせば、私自身も良き先輩達に巡り会え面倒を見ていただけたため、20代そこそこから様々なメジャーイベントや舞台の企画制作、演出を経験させてもらった中で、「チームワーク=組」という大切さ、完成度を高める上で、ここ一番での信頼感、達成感を何度となく味わってきました。

企画制作や演出を本業にするものにとって、舞台、音響、照明、特効、道具、演奏家、MC、ブッキングマネージャー、等々、様々なその道のプロが関わることで成り立つため、心通ったプロ集団である「組」に相応しいエンジニアやスタッフに出逢い、懇親交流し、そして、いい仕事を積み上げていくことを、まず師匠や先輩達に学んだ覚えがあります。そして、お金の話はすべて事前に詰めて、終わった後に絶対に「値切るな!」と(笑)とても大切な人生訓を学びました。

今回、子ども達の演技もさることながら、「平田組」も、本当にいい仕事をされていました。
これも書き出すと長文になってしまうほど、随所にいい仕事を、平田さんの演出、頭の中を充分理解しつくした平田組のスタッフが、先読みして120%の備えをして、臨機応変にプロの仕事をしてくれた結果だと感じます。

*「一番スゴイ!と思った平田マジック?」
脚本・演出・音楽・進行管理、さらに、MCまでをこなすマルチアーティストが、ナント、終始、舞台中央に笑顔で子ども達の演技を見守りながら、前説の会場づくりからリラックスさせ、絶妙なタイミングでキューを出し、臨機応変に舞台を進めていく、という、生まれて初めてみたスタイルでした。

あれが平田マジックそのものだと感じました。天性の演出家、芸術家でしょう。子ども達も父兄も、そして、客席の人みんなが安心して舞台を創り上げていける、特に子ども達の力を最大限に引き出し、かつ、人々の魂を引き付ける魅力的な演出の根幹だと思います。(大拍手)

*「心に残ったシーン勝手にベスト3!」~見せ場づくり、深い情景演出が本当に上手だと思います。
1:喜四郎が妻に別れをつげて、雪深い山を越え江戸に向かうシーン!
2:山田代官に斬首されるシーン!大川太鼓、剣術(よく練習した!エライ)、そして、タイミング。
主役を演じた大貴君、本当に上手で素敵でした。音響(バンド特効)、照明、さすがですね。
3:義民儀右衛門の息子よいち(三男の役)が代官所での尋問を無事クリアした後のガッツポーズ!~息子達の頑張りは、手前味噌になりますのでそれぞれに伝えたいと思います(笑)


素敵な舞台、時間、空間をありがとうございました。感謝です!(いけや




後記:眠れぬ夜が続く今日この頃・・・南山義民の「義」に、現代に生きる人々は何を感じるのか?

ご存じの通り、「義」は孔子さまが説いた儒教の教え、仁、義、礼、智、信(五常)の一つで、「正しい行いを守ることであり、人間の欲望を追求する「利」と対立する概念。利欲に囚われず、すべきことをすること。」という意味があるそうです。

私は、小学生の頃にNHKで観ていた「人形劇 新八犬伝(原作:南総里見八犬伝)」で、仁義礼智信の中の「仁」(私の名前が純仁だったので)に興味を持って、本を読んだり、人形劇が秀逸で次々と番組にはまった思い出があります。


会津に生まれて初めて訪れたのが2006年10月でした。ロハスコミュニティの候補地として、自治体の首長である町長自ら会ってお話を聞いていただける機会を得て、翌日すぐに幾つかの候補地を見せていただき、今、健康キャンプ村として利用させていただいている旧八総鉱山小学校に巡り会い、現在に至ります。

その後、横浜に戻った私は、「なぜ会津なのか?」「会津でいいのか?」と自問自答を繰り返しました。「雪深く冬が厳しいから、ひと冬経てから考えればいい。」と言われて、秋から春にかけて毎月、南会津会津若松を訪れ、名所旧跡を尋ね歩いたり、スキーをしたり、鴫山に登ったり、会津に関する本を十数冊買い込んで読破し、地元の図書館を訪れて関係書を調べ、情報収集をする中で、「南山御蔵入騒動」(今もキャンプ村にありますが)の本にも目を通して知っていました。

「国が認めなくても、私は認めます。」と初対面の私に、当時の湯田芳博町長は言い切りました。
化学物質・電磁波過敏症が病気として認められてなく、気のせい?精神病?といった風評が広がる中で、一緒に南会津を訪れた十名余りの環境病発症者達の心には、南会津の人たちの「義」が深く刻み込まれました。

「ならぬことはならぬものです」 会津藩「什の掟」に日新館で出逢ったときにも、「義」を感じました。戊辰戦争、白虎隊、様々な角度から、この地方に暮らす人々に未だ「義」の血が脈々と受け継がれているのだろう、と感じたこともありました。

春を迎えて、南会津への移住を心に決め、単身、滝ノ原へ移り住みました。最初は一人で途方に暮れていましたが、支援をしてくれていた岡村夫妻や地元の区長様をはじめ、役場職員の方などに励まされて、3ヶ月にわたって校舎を片付け、掃除をして、療養施設としてモニター利用ができるまでになり、その夏、そして、秋に別居していた息子達が南会津を訪れ、小学校や中学校の授業風景を見せていただけ、その後、思いもよらぬ「南会津への移住」を決め、その冬に越してきて、長男は南会津の荒海小学校で卒業式を経験しました。たった3ヶ月のクラスメイトでしたが、クラス全員が旧知の親友のように受け入れていただけ、下の二人も同様に、暖かく迎えられて、今も仲良く、馴染んでいます。
このことだけでも、同じ病気に苦しむ人たちにとっては驚きの支援体制だと思います。南会津の人々の「義」は、幼い子供からお年寄りまで浸透しているほど、南山義民の血は受け継がれているのでしょう。

世界経済が化学物質や電磁波依存で成り立っている現在、私たちのような環境病が訴える「脱環境汚染物質(化学物質・電磁波)」は、少数派であり、家族ですら理解できずにキチガイ扱いか阻害され、さらには関係業界や企業、団体などから圧力や攻撃対象になったりする、やっかいなテーマであります。
また、理解者が少ないため、精神的、金銭的に追い詰められ、無念の自殺で尊い命を失う方も少なくありません。

健康キャンプ村のような環境病支援施設や団体での活動については、環境病の治療や原因究明に尽力くださっている医療関係者や支援者などから「身辺に気をつけるように」と警告を受けるほど、これまでも農薬を自宅に投げ込まれたり、電話や尾行などで嫌がらせられたりと、皆さん困ってきたとの事。
幸い私は今までそのような経験は少ない(ゼロではない)のですが、来年以降のエコヴィレッジ会津高原計画第2ステージでは、大きな花火を上げざるを得ないので、全国に広く知られることにもつながり、リスクは上昇すると仲間から懸念されている状態です。でも来春には次の扉が開きます。命を懸けてやらねばならないことが、一生に一度くらいなければ、何で生きているのか意味がない!と思ってこの地に来たわけですから。

そして、今回の舞台です。
勝手ながらも、家族に別れを告げて冬の夜山に歩き出す喜四郎の姿と熱い思いに、重ね合ってしまって、まぁ涙が止まらない、止まらない(笑)泣いたり、笑っている場合じゃないんですが、決死の覚悟で「義」を貫く姿は、やはり魂が揺さぶられました。背中を押されますねぇ。家族はどうするんだ!と言われますが、子ども達全員が舞台を通して「義」を学ぶ機会を与えられるなんて、子ども達の台詞を通して私の中に仕舞い込んでいた「義」を掘り起こしてしまうという12月5日は何の日?どういうことなんでしょうか?教えてもらいたいものです。眠れぬ夜が続きます@o@。長文の余談でした(い)