ナオルヨブログ2019

心穏やかに、心地よく、愛と自由と平和に暮らしましょう〜新しい5次元地球で永久に共に!!

17歳の若者達が命をかけて地球再生、人類解放のために動く今!

約10万人の学生達や市民が参加した「本当の民主化を訴える非暴力デモ」

香港中心部を占拠する民主化デモに多くの学生や市民たちが集まり、これまでにない盛り上がりを見せている。きっかけは香港政府のトップを選ぶ行政長官選挙に関する中国の制度案。実質的に民主派候補を排除する仕組みに抗議の声が上がった。


香港の民主化デモで先頭に立つ学生運動家の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏はこの20日間、大学には行かず、教室より多くの時間を街頭や警察署で過ごした。
 わずか17歳のウォン氏は、香港で発生した過去最大級――そして最長――のデモで陣頭指揮を執り、一躍有名になった。
 香港の民主化デモは、打開策が見つからないまま10日が過ぎ、参加者数は徐々に減っている。しかしウォン氏は、デモの勢いが衰えているとは思っていない。
 ウォン氏は8日、「ごく普通の現象だ。僕らはみんな人間で、スーパーマンではない。参加者を数日休ませるのが重要で、そうすれば彼らはまたデモに戻ってくる」と話し、長いあくびをした。
 ウォン氏は、政府庁舎のある金鐘(アドミラルティー)地区の歩道橋の下に自分のテントを張っている。ここは民主化デモの中心となっている場所だ。テントの前に座るウォン氏は、睡眠4~6時間の生活が続き、疲れているようにも見えるが、その決意は全く変わっていない。
 「僕らの要求が受け入れられるまで、中心部の占拠をやめない」とウォン氏。自宅に戻った多くのデモ参加者は、招集がかかればすぐに街頭に出てくると自信も示した。
香港の民主化デモで先頭に立つ、学生運動家の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏。後ろには開いた雨傘が重なっている Chester Yung/The Wall Street Journal
 ウォン氏は「どんな形の報復も人々の反感を招くだけだ。学生リーダーたちが2週間前に拘束された時、デモの参加者はその後増えた」と話す。
 抗議活動の指導者らと香港政府は、事態を打開し市民生活の混乱を収めるため、10日午後から対話を始めることになっている。
 ウォン氏はこの対話には参加しないと言う。代わりに、デモを行っている学生団体の1つ、香港学生連盟のリーダー5人が政府高官5人と話し合う。
 ウォン氏は自らがリーダーの1人を務める学生団体「学民思潮(スカラリズム)」が対話に招かれなかったことについて「それほど重要ではない」とし、「僕自身、政府高官との対話にはそれほど乗り気ではない。学生連盟は中で協議し、僕らは外で支援を拡大する」と語った。
 香港の行政長官選挙でいずれ普通選挙が認められることに大きな期待を寄せるウォン氏。自身の将来については「まず大学を卒業しないと」と話した。





マララさんのノーベル平和賞で期待される変革

 パキスタン出身の17歳の少女マララ・ユスフザイさんが10日、史上最年少でノーベル平和賞を受賞することが決まった。反啓蒙的なタリバンに立ち向かい、近代的な教育を受ける権利を主張した勇気が評価された。その勇気のために、彼女は2012年にイスラム過激派に頭部を銃撃された。
 マララさんと同時受賞が決まったカイラシュ・サトヤルティ氏は子どもの権利の擁護を訴えるインド人活動家だ。折しもパキスタンとインドの軍隊は領有権を争うカシミール地方の前線で銃撃戦を繰り広げている。このタイミングで、平和と人権を促進したことが評価されて世界の誰もが欲しがる賞を若いパキスタン人と子どもの権利を守ろうと訴えるインド人が分かち合うことに大きな意味がある。
 タリバンの野蛮な振る舞いに抵抗したマララさんの勇気はノルウェーのノーベル委員会から称賛されたが、パキスタンで聞かれるマララさんへの批判の声は若い彼女が自身をかけて戦った国家の停滞の表れである。数百人のパキスタン人の若者――そのほとんどがクリケットの元スター選手イムラン・カーン氏の支持者だ――がツイッター上で「MalalaDrama(マララ茶番)」というハッシュタグを使い始めた。イスラム教国のパキスタンに西洋的な価値観を押し付けようとしている邪悪な西側の道具というレッテルをマララさんに貼るためだ。ツイッター上では神を冒涜(ぼうとく)した容疑でマララさんを告発すべきだという声もわずかだが上がっている。パキスタンでは昔ながらの思想以外なら何を主張しても神への冒涜として告発されることが珍しくない。幸いなことに、マララさんは頭部の傷の治療のために渡英し、現在はバーミンガムに住んでいる。
 マララさんは09年にタリバン支配下の生活について記録し始めた。そのころにはタリバンパキスタン北西部のスワート渓谷を支配しており、マララさんが通っていた学校を閉鎖しようとしていた。タリバンタリバンを支持するイスラム主義者は女子教育に反対しており、男子の教育についても進んだ考えは持っていなかった。外に出ることがほとんどない村の少女だったマララさんは世界とつながりたいと思っていた。彼女はパキスタン人のベナジル・ブット氏から刺激を受けたと語っている。ブット氏はイスラム世界で初の女性首相になり、2007年に自分たちの意向に逆らっていると受け止めたテロリストによって殺害された。
 タリバンは彼らが主張するイスラム教を武力で容赦なく押し付けたが、マララさんはそれを拒否することで、イスラム過激派に譲歩を続ける多くのパキスタンの政治家、将軍、有名な知識人を超える先見性を示した。彼女はタリバンパキスタンを数世紀前に後戻りさせる脅威だと認識しており、タリバンは米国の支配やインドの影響力にナショナリストが反発した結果であるというプロパガンダを受け入れなかった。
 パキスタンの指導者は長い間、国家の優先課題を完全に無視してきた。1947年の誕生以来、圧倒的に広い国土を持つ隣国インドと軍事的に対等な立場に立つことを重視してきた国家にとって、多くの場合、宗教過激主義とテロリズムは深刻な脅威とはみなされない。パキスタンの戦略立案者はタリバンを近代化に抵抗する残虐な人間と見る代わりに、ソ連の撤退後、アフガニスタンでインドの影響力に共に抵抗した仲間だと考えている。
 タリバンイデオロギーに近いテロ集団は、カシミール地方をめぐるインドとの長年の紛争を解決したいと願うパキスタンの歴代政権から支援を受けていた。パキスタンは01年の米同時多発テロ以降、テロ攻撃で何千もの市民や兵士を失ったが、(テロ集団を支持するという)戦略上の妄想は今もはびこっている。
 反西欧的な感情と集団的な被害者意識も醸成された。社会政策や経済政策が真剣に議論されることはなかった。パキスタンの資源はもっぱら大規模な軍隊の維持と核兵器の増強に投じられ、教育や医療などの社会的なニーズへの投資は不十分だ。その結果、パキスタンは事実上、ありとあらゆる所で失敗国家候補として名前が挙がっている。2億人近い人口の半分は字が読めず、人口増加率は高止まりしている。経済成長率が上昇するのは米国からの援助が増えたときだけだ。
 パキスタン最大の大学であるパンジャブ大学のムジャヒド・カムラン副学長が13年に発表した著作はパキスタンイスラム世界の大部分が直面している危機を的確に表している。カムラン氏――エジンバラ大学で物理学の博士号を取得した――は「9/11&The New World Order(9・11と新世界秩序)」の中で、9・11のテロ攻撃は内部による犯行で、アルカイダは米中央情報局(CIA)のスパイだと主張している。カラチの新聞エクスプレストリビューンが13年9月に掲載した記事によると、カムラン氏は本の出版記念式典で「米英政府は銀行家一族の高度な陰謀に支配されている。銀行家一族はわれわれの脳にマイクロチップを埋め込んでわれわれを操作しようとしたり、パキスタンのテロ攻撃に資金援助を行ったりしている」と述べた。
 カムラン氏はかつて米国のフルブライト奨学生で、米国政府の民間外交プログラムの有効性欠如を如実に示しているともいえる。しかし、パキスタンが遅れているのは指導者の多くが無知であるせいではなく、米国の見えざる手による陰謀のせいだと信じているのは彼だけではない。一つ例を挙げよう。私はパキスタン軍の将軍が米国の電離層研究プログラム「Haarp」のせいでパキスタンでは繰り返し洪水が起きていると話しているのを聞いたことがある。
 マララ・ユスフザイさんは勇気があることを示すと同時に、自分が生まれた社会にはびこる反啓蒙主義と陰謀説の妄想から距離を置き、年齢以上に賢明であることを証明した。マララさんは既に、パキスタンで近代化を求めて戦い続ける人々の英雄である。そして今、ノーベル平和賞によってマララさんの発言にはこれまでにないほど重みが増した。(WSJ オピニオン