ナオルヨブログ2019

心穏やかに、心地よく、愛と自由と平和に暮らしましょう〜新しい5次元地球で永久に共に!!

スピ系メッセージ「覚醒するように優しくお互いを助け合うこと」

久しぶりに紹介したいスピリチュアル・メッセージがありました(^-^)

言葉の始まりの「起こる事を楽しんで、、、」に、不謹慎さを感じるかもしれませんが、すべて気づき、学び、魂の成長のためであることを、わかりはじめている方だけに読んでいただければ、今、目の前にある幻想、五感を通じた不快感への対処、受け入れ方のヒントが散りばめられているメッセージかと思います。


サウル~あなた方の唯一の「使命/本職/本分」は、
「覚醒するように優しくお互いを助け合うこと」です。 

2016年4月16日 ジョン・スモールマン経由(Blog「ソウルカメラ」より


起こる事を楽しんで、平和と喜びを味わってください。
それがあなた方の自然な、したがって「ノーマル/通常」の状態なのです。

「アブノーマル/異常」(穏やかでない/非平和的)な状態は、「エゴ(自我)」による状態です。それらを過ぎ行かせてください。
何故ならそれらは、「エゴ」がそうであるように、「非現実」なのですから! 

代わって、あなた方をあらゆる瞬間に包み囲む神聖な「愛」のフィールドにチャンネルを合わせて(同調して)ください。

それが「神意」(あなた方に対する「神」の「意思」)であり、エゴがあなた方に促し示す「ネガティブな思考やムード」にもかかわらず、その「神意」こそが「あなた方の意思」でもあるのです。

幸せな満足感はあなた方の望むところであり、あなた方の願望、あなた方の意図です。
ネガティブな思考や感覚やムードを監視してください。

「それらは自分ではない」つまり「私はそれらと関わり合う必要がない」と認識すれば、やがてそれらは離れてゆきます。

ネガティブな「何か」に対して「気を使う/思いやってしまう」というあなたの「気遣いのエネルギー」が、そのネガティブな「何か」を支えて維持します。
それを「引っ込め」れば、その「何か」は倒壊します。

自分に喜びや平和をもたらさない思考やムードにフォーカスする(気持ちを集中する/気を取られる)というのは、「不自然」です。

ところが、あなた方が「井戸端的なエゴの一団」になって存在する時には、たとえそれらが「非現実」であっても、「現実」であるようなのです。

殊にあなた方は、主流メディアによって「世界中の莫大な量の苦しみ」を頻繁に思い出されてしまうものです。で、あなた方はいとも簡単に、それらとの関わりに引きづり込まれてしまう、というワケです。

とはいえ、あなた方はこうした「少しも楽しくない」状態を「そうした状態が自分だ」と思ってしまうのとは対照的に、それらに「気をつけておく」ことが出来るのです。

そして、それらが立ち現れる時に、「フォーカスを変える/他の何かに精を出す」例えば「『もっと楽しい非現実』に取りかかる」ことによって、それらを過ぎ去らせる選択を取ることも出来るのです! 

あなたがこうする時、あなたは「Reality / 本当の現実」に向けて自分を進ませながら、それらともども(「少しも楽しくない非現実」と「もっと楽しい非現実」の両方)を離れさせる「意志の強さ」を見いだします。

そしてあなたは、「私は基本的に『ソース』と『一体』だ」という神聖な「真実」を快適に受け入れる方向に進む、というワケです。


スピリチュアル領域のたくさんの人達や、スピリチュアルな人間の著書であなた方がしばしば告げられたように、唯一「在る」のは、「神」、「ソース」、「愛」、「リアリティ/本当の現実」、「究極知性」、「神聖なる叡智」 ー しっくりする違和感のない語句をお選びください ー だけなのです。

(「正確にまたは容易に述べられないもの」「言語を絶したもの」を描写したり定義したりするのに、「言葉」は非常に制限的なものであることを思い出してください。「言葉」というのは、「言葉が伝えきれないもの」を把握するのを助けるツール、わずかな理解を助けるツールです)

「神」(一語で他の全てをカバー!)を知ることは、「自分自身」を知ることです。


そのためにはどうすれば良いでしょうか? 

あなたの聖なる「内空」に引きこもって、マインドを黙らせます。完全に油断なく、完全に目覚めている状態でいて、次に、何であれ浮かび上がるモノに対して自分自身を開きます。

もしそれが、優しい、穏やかな、歓迎的な感じがするなら、それが「神」の「気配」です。

もしそれが、恐怖を引き起こすようであったり、不快であったり、脅迫的であったり、冷笑的である場合は、それはあなたの「エゴ」があなたの気を散らそうとしているのです。

あなたのエゴは、その「存在」をあなたに依存します。
そしてあなたのエゴは、「もしコイツ(あなた)が『神』に心を開きなどしようものなら、オイラのコイツに対する支配力がなくなってしまう」と、知っているのです。

あなたのエゴは、絶えずあなたの注意を求めます ー あなたがエゴに気を許す時を、絶えず狙っています。「瞑想」は、「エゴを黙らせる」メソッドの実践です。

そうすることにより、あなたは、あらゆる瞬間に「口で言い表せない叡智」を優しくあなたに提案するあの「静かな内なる声」を聞くことが出来ます。
それは、あなた自身の叡智(神聖なる叡智)なのです。

何故ならば、あなたは「ソース」と「一体」であるからです。
ですからそれは、あなたのエゴががなり立てる騒音によって消されている、「気付き」であるのです。

「熟考/静観」の実行に従事すること ー どんなやり方でも構いません、あなたが快適に感じるやり方を選んでください ー は、あなたの注意を求めるエゴの呼びかけを、たとえあなたがまだそれらに気付いているとしても無視することを、可能にします。

「エゴ」というのは、あなたの「身体」もそうであるように、幻想の一部であるのです。そして幻想内にあっては、それもまた「有用」であるのです。とはいえ、あなた方のほとんどが成長してゆく段階で、エゴがあなた方の「自己感覚/個性の自覚」になってしまいました。

そしてあなた方は、エゴが自分のムードや感情を支配することを許し、それを自己同一視するようにもなってしまった、というワケなのです。

あなたは、あなたの「エゴ」でも、あなたの「ムード」でも、あなたの「感情」でもありません。

それらというのは単に全て、「人間に化身した状態」には有用な要素なのです。それらがあるからこそ、あなたは他の人間と馴染むことが出来るというわけです。

「愛しかない」ということをあなたが悟るまでは(あなたは必ず悟ります)、それらも「有用」であるのです。分離はありません。

分離は非現実な状態です。分離は、「身体」と「エゴ」がそれ自身を「『ソース』とは別です」と特定する「ごっこ/ゲーム」なのです。

そのごっこ/ゲーム」が全くウンザリとしたものになり、そして彼らの「真我」が、「私の人生は何のための人生なのか。一体何のために。これだけのために?」という疑問を提示することによってその「真我」の声を聞くようにさせるまで、「身体とエゴ」は「ゲーム」に夢中です。


この「疑問の起こり」は、非常に動揺させるものであり得ます。
そして、それはそうあって然るべき宿命なのです。あなた方は全員、自分の「人間としての生誕」に先立って設定した「スピリチュアルな道」を辿るために、人間の姿をとって「地球」にいるのです。

幼少期から青年期にかけて、「人間の必要」があって自らの安全と生き残りをかけて成長する段階で、自らが生まれた社会の「法」に従うことが義務づけられます。

ところが、そうすることは、「本当は自分は誰であるか(真のあなたその人)に対するかすかな記憶を無くさなければならない」ということを意味します。

あなたは自分のエゴ(「自分は無能である」とか「下劣である」といった感情、ムード、感覚と一体となってしまう「偽の自己」)と懇意になってしまう、というワケです。



現在、多くの子供達が、自らの「本性」に対する強い記憶を持ったまま生まれつつあります。また彼らは、自分がスピリチュアルなガイド、師、友人に伴われていることに、気付いています。

これは、彼らの「人間体験」のために前もって計画された「人生設計」の結果なのです。彼らがアクセス出来るこうした「記憶」は、彼らが目覚めることを助けます。またそうするなかで、他の多くの多くの人達を彼らが目覚ますのを助ける、というワケです。

人類の覚醒への道程(人類が自らの本性を思い出す道程)は、終わりに近づいています。それは永劫の永きにわたって進行中であってきました。そのなかで、「分離ゲーム」が非常に「現実/本物」であるように見えたので、かなりの辛苦が耐えられてきました。


「人間」として現在「地球」にいる全員が、非常に明らかに、「人類を覚醒させる集合的なプロセス」に関与しています。

「ゲーム」というのは、それが「面白半分」に演じられる場合は楽しいものです。
しかしながら、それらがはなはだ「シリアス/深刻/真面目」になってしまう時、人々は「勝つためには手段を選ばず」になってしまって、その過程で他の「役者」の人達を壊滅させて、多大な苦しみが発生してしまいます。

「ゲーム」として開始されたことが、「身の毛もよだつ悪夢」になってしまう、というワケです。おまけに主流メディアが、その酷く偏った報道で、非常に多くの人達が感じている恐怖を強めてしまうときたものです。

もしあなた方がそのメディアを信じるならば、「人類が世界中で狂気のごとき振る舞いによって自らにもたらした多くの壊滅的な状況に、出口はない」ようです。


ところが、人類は覚醒しつつあるのです。そしてこれがその通りであることを示す証拠が、至る所にあります。

永劫にわたる人類の「俗世における実在」の間、ごく最近の今の今にいたるまで、ごくわずかな「覚醒」の証拠があるばかりです。

あなた方の歴史ときたら、「戦争」だの、「勝利」だの、「やるかやられるか」だの、「敵を殲滅することで得られる激しい満足感」だのといった「物語」で、あふれかえっています ー 最近では「第二次世界大戦」も含みます!


以来、大体において「人が人に引き起こす苦しみ」に対する「気付き」が成長した結果として、人類は、「この狂気のごとき悪夢から目覚めよう」「この暴虐のゲームに興じるのを止めよう」「そして、私たちに集合的な福利責任がある惑星で、平和、協調、調和で一緒に生きる、より良い道を捜そう」という、集合的な決定をくだしました。


その集合的な決定が、多くの場所で功を奏しつつあるのです。
人々が、「システムにあなた方を前進させるのを助ける側面がある」ように、そのシステムを変えるか、あるいはそれを「身分に関係なくあらゆる人を尊重するシステム」に置き換えるかを、選ぶのです。

それが起こるとともに、「身分(階層)などというものは、ない」ということが、ますます明白になります!

「身分/階層(ヒエラルキー)」というのは、お互いを区別する ー ある者は正しくある者は間違っている、ある者は許容できてある者は許容できない、権利を有する者もいれば権利のない者もいる、などとする ー 不埒で愛情のない試みです。

そして、少しでも正直に考えればいたって明白なことですが、何かを区別すること、何かを裁くことは狂気の沙汰であるばかりか、「神」を「間違い」にしようとする試みなのです! 

「神」というからには、あなた方全員が例外なく「神と一つ」したがって「お互いと一つ」である、が故にあなた方全員を例外なく愛する、それが「神」なのです。



あなた方はその「ハート」では、「分離は非現実である」ということを知っています。

何故ならばあなた方はそのハートで、あなた方一人一人が無条件に愛されることだけを願っているからです。

またあなた方は、自分自身の奥底で、「『神』は私たちを『一つ』であるものとして、本当に愛している」ということもご存知です。

あなた方は、時々にして、生涯から生涯において、もっぱら「人間である」「ゲーム(分離という幻想ゲーム)の一部である」という理由により、「猜疑/疑惑」を体験します。「自分は、他のより恵まれている人、より愛されている人、より価値が勝る人とは、平等でない」というように自分自身を見てしまうのです。


さあそこで、私はもう一度あなた方に思い出させましょう。

あなた方は、少しの例外もなく一人一人が、「神」の最愛の子供達なのです。

「神」の最愛の子供達であるその人達が「間違い」を犯すことは有り得ず、その人達はあらゆる点で完璧なのです。

「神」があなたを造ったというのに、また「彼(「神」)」が創造せし万物が全く完璧である以上、それ以外にどうあり得るというのでしょうか。


リラックスしてください。

「自分達は『神』の最愛の子供達である」ということを思い出してください。

そして、あなた方の唯一の「使命/本職/本分」は、「覚醒するように優しくお互いを助け合うこと」であることを、思い出してください。


とてもとてもたくさんの愛を込めて、サウル。




翻訳 ソウルカメラ